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今週のビーツギャラリーは「NON/COLOR3」展/今回からはデジタルモノクロ写真だけの展示にした/ビーツメンバーの半数以上はデジタルに移行している/民主主義的にデジタル社会になっているので少数の銀塩チームは肩身が狭いかも知れない/銀塩の良さを伝える努力不足に問題が在るので今回からデジタルオンリーとなる/ホンマ銀塩の良さを後世に伝える努力を惜しまないで欲しいと思う/僕もフィルムラヴな人達の写真を何枚も見て来たが銀塩でしか表現出来ない人はそんなに多くない/愛の無い酷いプリントを何枚も見せられた/最低なのはフィルムをラボに出してプリントもDPEで済ませる人達/ホンマ呆れてモノも言えないし、レトルト銀塩など見たく無い/モノクロ写真の面白さは銀塩もデジタルも自身の手で最初から最後まで面倒を見る作業だと思う


デジタルモノクロ写真展
「NON/COLOR 3」
出展者/内間悠太/生藤あき/okajimax/林成光/藤原勉/廣田修己/三上泰伸/村上潤

8月27日(金) 18:00 - 21:00
8月28日(土) 13:00 - 21:00
8月29日(日) 13:00 - 18:00
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本日晴れ/早朝から起きて楽しみにしていたオリンピック女子団体追い抜き決勝/ほんの少し足らなかったが大健闘の銀メダル/これでオリンピックも予定終了/今回も自分のナショナリズムを楽しめたオリンピックだった/そして2週続けた「冬景Vol.1、2」も予定終了/それぞれの移動する時間の痕跡を感じる展示だったような気がする/此処では無い他の場所へ/5月に予定している「春景」へと引き継がれる/そして今は糸の切れた凧のようになる
本日快晴/今日も暇なので自宅からビーツまで写真散歩/不況な現実を考えながら歩く/昼間からオッサンがコンデジ片手に街をプラプラしているコトにも慣れてきたw/ビーツに到着/ポストにM誌が投函されていた/今月号は「鳥」料理などの特集/鳥に興味が無いのと自分の撮影ページも無かったので興味が全く無い号だった/多面的な考え方で「鳥」を料理しないとホンマツマラナイ食べ物雑誌になっている/でも食い物雑誌は売れる?/雑誌に期待しているコトがお店情報だけだと云うのは幻想だろう?/そんな幻想で雑誌を作っている?/情報ならネットで流されているコトを雑誌化する方が親切だろう?/普遍的な共産主義を捨てないと雑誌は増々死に絶える?/話は変わって今年も楽しみにしていたドラフト会議/菊池投手は1番手にクジを引いた西武ライオンズに決定/2番目にクジを引いた真弓監督/もう当たりクジが無かったので諦めもついたがこれで阪神のドラフト1位指名が11連敗になった現実を受け止める
本日雨/G氏から借りていたDVD「ブラインドネス」と「ワールド・オブ・ライズ」の映画鑑賞/それなりに両方共に面白かったが、少し物足りなさも感じる/予定調和を楽しめない自分自身の問題だと感じる/ビーツで映画鑑賞を終えたらメンバーのFさんが今週展示の搬入に来る
本日時々晴れ/朝、先週ヤフオクで落としたジェームスブラウンのビデオ鑑賞/78年頃のライブ映像/45歳のJBが弾ける/ゲストにBBキングがギターを弾いていたり、若かりし頃のマイケルジャクソンが飛び入り参加したり/朝から濃い日曜日/肉食なビデオ観て牛丼を食いたくなったw/昼から「SAW5」を鑑賞/このシリーズは早く終わって欲しいw
本日晴れ/昼過ぎからL誌の取材/千日前で自転車に乗ったI編集者と合流/久しぶりに撮りたい人の撮影w/奇跡のお笑い芸人/テントさん/今年1番の肖像写真が撮れた☆

本日秋晴れ/朝から本の探し物をしていたら昔買ったヴィム・ヴェンダースの「いつか‥」を発見/箱入りの小さな写真集/1994年パルコ出版/ヴェンダースは映画監督だが写真も撮る/当時はつまらない写真集だと思ったが今見るとなかなか良いのだw/始めに「写真を撮るということに」と云う序文が記されている

スナップを撮る。
写真は時間の行為だ。
写真は時間から何かを引きずり出し、
自分の流れそのものを変えてしまう。
人は、
カメラの「前」では、時間によって奪いとられたものが、
在る、と考える。
しかしそれは間違っている。
写真とはむしろ二つの方向に向かった行為のことだ。
前。そして、後ろ。そう、
「後ろに向かって」もいるのだ。
こんなにしっくりこない比喩もめずらしい。
猟師が目の前の獲物に向かって猟銃の狙いを定め、引き金を引く。
銃弾が猟銃から放されるとき、猟師が反動を受けるように、
カメラマンがシャッターを押すとき、
彼もまた自分自身へと突き飛ばされる。
写真は常に二重の映像だ。
つまり、カメラはとらえたものを写しとめると同時に、
「背後」への「反動」を起こし、
写真を撮った瞬間のカメラマンの姿をも画面に写し込んでしまう。

あらゆる写真に写し込まれるいるこの二重性は
レンズがとらえたものではない。
ちょうど、猟師がその弾丸によって
本当にはじきとばされるのではなく、
ただ反動を感じるだけなのと同じだ。
では写真の「反動」とは何だろう?
人はこれをどうやって感じるのか?
これは、どのようにして写された画像に刻印されるのだろう?
その何かが写真に焼き付けられるのだろうか?
ドイツ語には、
このことを言い表すのに、多層的な意味を持つ、
大変都合のよい言葉がある。
EINSTELLUNG(アインシュテルング)
何かあるものに対して心理的、あるいは倫理的に、
「順応する」ときの心がまえを、
人はこの言葉で表現する。
すなわち、何かを待ちかまえ、受け入れるということだ。
この言葉は、また、
写真、あるいはフィルムに関係する言葉でもあり、
その場合には、
画像、あるいはカットを意味する。
さらに、カメラマンが写真を撮る場合の、
明るさやシャッタースピードを
「調整」ときにもこの言葉が選ばれる。

同じ一つの言葉が、
ある動作だけではなく、
この動作によって得られる画像をも意味するのは偶然ではない。
実際、あらゆるEINSTELLUNG
─すなわち、あらゆる「画像」─は、
その画像が撮られたときの
EINSTELLUNG─すなわち「かまえ」─を反映している。

猟師の経験する衝撃は、すなわち、
撮られたものの背後に見えかくれする撮った人間の肖像である。
そこには彼の顔かたちではなく、
彼の「かまえ」─が、
目の前にあるものへの、
彼自身の「かまえ」が、
写し込まれるのだ。

カメラは、
前と後ろを同時にとらえることのできる眼だ。
前への視線が
写真家の魂のシルエットをとらえる。
写真家は、その眼を通して自分を振り返る。
カメラが眼の前の対象をとらえる。
と同時に、何故この対象が自分をとらえたのかを
自分に振り返って尋ねるのだ。
カメラは「もの」とその「もの」に向かう
己の欲望を同時にとらえるのである。

そう。
あらゆる瞬間に、
この世界のどこかで、
誰かがシャッターを押している。
そして何かを定着する。
一回限りの光、
一つの顔、
一つの風景、
一つの気分、
あるいはただ単に一つの状況が、
彼を、彼女を、魅了し、定着を迫ったのだ。
写真の対象、
それははっきり目に見える。
そして無数にある。
そして一瞬一瞬
無限に更新されてつつ増大して行く。
世界のどこかの、写真家にとって、
すべての瞬間はしかし、一回限り、
かけがいのないものだ。
時間。
つかまえることのできない時間が、
その保証人とは。
旅行者の、
「シャッターチャンス」に撮られた無数のスナップ写真さえ
それが一回限り、
かけがいのないものであることに変わりはない。
時間。
その、およそたるにたらない一瞬でさえ、
旅行者のシャッターの一押しでさえ、
それは一回限りで二度と再び呼び戻せない。
驚くべきことに、
写真には、そこに、時間が「定着」されていると考えられているが、
実はその反対で、
あらゆる写真の中で、時間が、
いかにとらえがたいものであるか、
いかに無常なものであるかが
明らかにされるのである。
あらゆる写真は
私たちが死ぬべきものであることを想起するよすがとなる。
あらゆる写真は生と死をテーマとする。
あらゆる「定着された画像」は聖なるアウラをはらんでいる。
それは写す者のまなざし以上のものとなり、
人間の能力を超えて行くのだ。
だからあらゆる写真は一つの創造行為でもある。
時間を超越し、
神の視点で見ることである。
それは忘却の彼方に沈んだ戒律を想起させる。
「汝、いかなる似姿をもなすなかれ・・・」

写真を撮ること
─よりふさわしくは、写真を撮ることを「許す」こと─は、
真実であるには美しすぎる。
次のように言ってもかまわない。
美であるには真実すぎる、と。
写真を撮ることはいつでも常に僭越で、反抗的な行為である。
撮ることは尊大である、
そして同時に滅多にないほどの謙遜を教えてくれる。
(それゆえに尊大な「かまえ」と、
同じぐらい謙虚な「かまえ」が共存し得るのだ。)

カメラを二つの方向、
─前、そして後ろ─に向けることは、
二つの画像を互いに融合させることだ。
そうすると、「後ろ」は「前」の中にとり込まれる。
カメラは写真家に、
撮る瞬間、
対象から引き離されることなく、
対象の前にいることを許すのである。
ファインダーを通して、
世界を覗くものは、自身から離れ、そして自身を超えてしまう。
よりよく想い/出し、
理解し、
聴けるようになり、
そればかりかもっと、愛することができるようになる。
(そして、残念なことに、より多く見誤ることも確かだ。
いわば「不吉な眼差し」。)

あらゆる写真は、
時間における、あらゆる「一度だけ(ONCE)」は、
歴史の始まりでもある。
歴史は「むかしむかし・・・(ONCE UPON A TIME)」で始まる。
あらゆる写真は、ある映画の最初のカットでもある。
多くの場合、これに次の瞬間が続く。
もう一度シャッターを押せば動きが生まれる。
次のイメージが出来れば、
固有の空間と、
固有の時間における、
「物語」が動き始める。
少なくとも私にとっては、しだいしだいに
写真を撮ることが「物語の発見」であるということを、
意味するようになってきた。
だから、この本の中では、多くの場合
一枚だけではなく、何枚かの写真によって、
それぞれの物語が構成されている。
二枚目の写真から既に「モンタージュ」が始まっている。
一枚目の写真で予告された物語が、
固有の方向へ、時間の感覚を漂わせながら揺らいでいく。
ある時には主役だと思われたものが、単なる脇役にすぎないとわかる。
また、ある時は中心となるのが人ではなく、風景だったりする。
私は、風景に、物語を生み出す力があると確信している。
街であれ、砂漠であれ、山並みであれ、海岸線であれ、
物語を求めて叫んでいる風景というものがあるのだ。
それは「自らの物語」を呼び覚ます。
そう、自らを「生み出す」のだ。
風景は主役を演じることができる。
そのとき、人はエキストラにすぎない。
私は、また、小道具たちの雄弁さを確信している。
写真の隅に何気なく置かれた新聞紙が、
すべてを物語っている場合だってあるのだ!
あるいは、背景に見えている広告の掲示板!
あるいは、写真の角すれすれに停まっている使いものにならなくなった
自動車!
椅子!
ものの存在は、それだけで、
かつて誰かがそこから身を起こした立ち去ったことを示唆している。
タイトルの半分だけが読めるテーブルの上に広げられた一冊の本!
街角に捨てられたタバコの空き箱!
スプーンが立てかけられたままのコーヒーカップ!
写真の中では「ものたち」が、楽しそうにも、悲しそうにも、
それどころか喜劇的にも、あるいは悲劇的にもなれるのである。

あるいはただの服!
多くの写真でそれが最も刺激的なものになっている。
少年の足にたるみながら引っかかっている靴下!
後ろ姿のひっくり返った襟!
汗の染み!
皺!
つぎやボタン!
真新しいアイロンの跡!
ある女の生きざまが、彼女が身につけているものの中に、
その受難の歴史の中に、現れるのだ!
一人の人間のドラマが、身につけているコート一枚に刻まれている!
着るものは、写真の中の温度を、日付けを、時刻を、
戦争の渦中なのか、それとも平和のうちにあるのかを教えてくれる。

そして、カメラの前では何もかもが「一度だけ」。
「一度だけ」が写真に撮られてると、
「いつも/何度でも」に変貌してしまう。
写真に撮られて初めて、時間は目に映るようになる。
一枚目の写真と二枚目の写真の「間」の時間の中に、
もしもこの二枚の写真がなかったら、
すっかり忘れられてしまったまま「何度でも」に
呑み込まれてしまっただろう
「物語」がよみがえる。

私たちは、撮る瞬間、
この世界から消え去り
「もの」の中に入り込むために、
シャッターを押す。
写された世界と「もの」は、
写真から抜け出て、
その写真を見る者のまなざしを受け、
物語として生き続ける。

私は、
この写真集が、
一冊の物語になればよいと願っている。
物語はまだ「生まれていない」。
まなざしで聴こうとする者の前には、
やがて物語が現われるのかも知れない。


追記
この本の最後に書かれていた言葉

「一度は(かつて)は、(まだ)ないのと同じ」という格言がある。
子供の頃は素直にそう思っていた。
しかし、少なくとも写真に関してはこれは正しくない。
「かつて、は、一度限り」なのだ。







本日秋晴れ/個人的には有意義な3日間だった/「街写真はロックに似ている」Y君が言っていた名言/心地よい腰抜け写真は個人のアルバムに入れて墓場まで持って行けば良いのだろう?/死ぬ前に跳べ
本日晴れ/ビーツギャラリーで東西交流街写真展「区区(まちまち)」を開催中/日曜日の18時まで展示中/参加者:磯村昌司/佐藤春菜/長藤さつき/okajimax/藤原勉/吉田真啓/明日土曜日夜7時から出展者のトークイベント/東西街写真の行方?w
本日晴れたり曇ったり/タイガースの悪夢から醒めぬ状況が続く/そして岡田監督は辞任の決意/コインランドリーで洗濯を終えてIXY持ってビーツまで写真散歩/今週ビーツで展示する「区区(まちまち)」展で悩む/街を撮る意味に悩む/中年男がコンデジ持ってゴミなどを撮っている姿は世間から見て少し変だろうな?と思いながら歩く/誰かに呼び止められて、何をしているのかを尋ねられたら意味も無く謝るしかないだろうと思いながら歩く/意味も無く生きる
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